受難華/菊池寛
大正乙女3人の恋愛と結婚
海外に留学する婚約者と秘密の結婚をする照子。妻子ある人に恋しながらも家の事情で違う男と結婚する寿美子。結婚後に夫の過去を知る桂子。女学校の仲良し三人娘の恋愛と結婚。とても内容が昼ドラ。1年間ほどの話なんだけど展開が早いので一気に読める。
照子夫婦はお互い理解し合えばうまくいくと思う。寿美子夫婦は寿美子がわがまま言わなければまぁまぁうまくいく。問題は桂子夫婦で、桂子夫が本当に心から変わらなければ厳しいよなという気もする。なので一番同情したのは桂子。
好きな人が居ながら別の男と結婚しなければいけなかっった寿美子は可愛そうだけど、一番気の毒なのはそれを知らずに結婚した寿美子の夫。
正直一番幸せになってほしいのは寿美子の夫。
自分は、愛情に対してあまりに贅沢だったのだ。
新字新仮名は読みやすくて良いね。
だしの取り方/北大路魯山人
弘法は筆を選ばずというが、道具は大事
名前は知っていたけど、美食家としてか知らなかった魯山人さん。
青空文庫で短編をちょこちょこ読んでるけど面白い。
出汁のとり方では鰹節も大事だけど、削るための鉋が大事とおっしゃっている。
削り下手なかつおぶしは、死んだだしが出る。
いい食材を使えば美味しい料理ができるというわけでもなく、使いこなす技術、知識が必要ってことか。
料理にかぎらず、やるというのなら、どんなことでもやるのが当然で、やらなければ達成できない。
最近では鉋で鰹節を削る人はほとんど居ないと思うけど、やっぱり美味しいんだろうな。
しかしこの魯山人さん、wikiで知った限りでは生い立ちがあまりにも……。
微笑/横光利一
確かなのは彼の笑顔
大戦末期、主人公 梶が知り合った若き天才数学者 栖方は殺人光線を開発しているという。周りは彼を狂人だというが。
序盤で、栖方の言っている殺人光線が事実かホラか判りかねる所が、なんともいえない不気味さを漂よわせているけど、所々で描写される栖方の笑顔で作品が重苦しくなく感じる。
横光作品は初期~亡妻作品~『機械』くらいまでが好きで、その後の女性向けとも言える作品は、金持ち男女の恋愛話にイライラさせられて読んでないんだけど、この『微笑』は戦後の遺作なのでかなり作風が違う。(というより全作品通してご本人が作風変えてらっしゃる)
時代背景を知っているからという部分もあってか、ブルジョワ恋愛小説が建物がいっぱい建った都会なら、この作品はそれらがみんな焼け落ちて地平線がきれいに見える都会。の清々しさがある。
栖方の言っていた事は真実なのか?そんな事よりも、彼の笑顔だけは梶にとっては間違いのない真実なんだろうな。
殺人光線は彼の笑顔なのかも。
「けれども、君、あの栖方の微笑だけは、美しかったよ。あれにあうと、誰でも僕らはやられるよ。あれだけは――」
そういえば横光さんが上海から後妻さんに宛てた手紙で
“おまえは怒ってるんじゃないか。怒っているんだろう。毎日ぷんぷん怒っていたらそれだけで不幸だ。側に居る者まで”
みたいな事を書いてるけど、それとは逆に、人の心を射抜く笑顔ってのは幸せな気持ちになれるし、破壊力あるよな。
変な音/夏目漱石
病院で聞こえるさまざまな音
入院した夏目先生の実体験か創作かは置いといて、ぞわっとさせておいて最後は綺麗にまとまっている短編。
隣の病室(といっても建物は日本家屋の和室)から聞こえる、大根か何かをおろし金で下ろす様な音。
何かを確かめずに退院、3ヶ月後に再入院した際、変な音のする病室の隣で働いていた看護婦から声をかけられる。
「あの頃あなたの御室で時々変な音が致しましたが……」 自分は不意に逆襲を受けた人のように、看護婦を見た。
人を不安にさせる音、勇気付ける音、病状を示す音。
体が弱っている時はこういう音って気になるなぁ。
秘密/谷崎潤一郎
秘密は秘密のままが好い
主人公(男)は女装にハマり、外出先で昔捨てた女と偶然再会。
船の上で知り合った名前も知らない女。
その女との逢瀬がまた始まる。もちろん女がどこの誰かはわからない。
ブンゴウメールで読み始め、月末に乙女の本棚でマツオヒロミさんの絵で出たので即買い。ありきたりな感想だけど、もうひたすら絵が美しい。
どこの誰かわからない女との逢瀬に溺れる男だけど、そのうち女の素性が気になって……。
秘密は秘密のままの方が背徳感というか謎めいていて楽しいと思うのだけど、主人公はそうは思わないのよね。
「何卒そんな我が儘を云わないで下さい。此処の往来はあたしの秘密です。この秘密を知られればあたしはあなたに捨てられるかも知れません。」
ネタバレすると最終的に男は女を捨てるんだけど、目線を変えたら女が無粋な男を捨てたのかもしれない。とも思える。
いやしかし昔自分を振った男が女装している時点でツッコミ入れようよ。
乙女の本棚で脳内補完するまでは、女装した大谷崎が頭をちらついて困りましたw
谷崎さんのことだから、女装した男と名も知らぬ女王様。みたいな女の話なのかなと思っていたのですが、そんなことはありませんでしたよ。
黄村先生言行録/太宰治
オオサンショウウオ可愛いけど、よく見ると怖い
主人公の先生はいまいち風流を理解しない人だけど、ある日突然オオサンショウウオの魅力に取り憑かれ、飼いたいと思い始める。
「神よ、私はただ、大きい山椒魚を見たいのです、人間、大きいものを見たいといふのはこれ天性にして、理窟も何もありやせん」
モデルは太宰さんの師匠の井伏鱒二さんだそう(wiki情報)。そういえば『山椒魚』書いてらっしゃいますね。
晴れて念願のオオサンショウウオとの生活が待っているかと思いきや……。どこまで実話かわかりませんが先生可愛すぎます。
黃村(おおそん)=大損らしい。
現在ではオオサンショウウオは国の特別天然記念物なので、許可なく捕獲、飼育すると文化財保護法違反になるようですよ。
黃村先生シリーズ1作めらしいので他の『花吹雪』『不審庵』も読んでみよう。
淫売婦/葉山嘉樹
絶対あの一文を書きたかったんだろうな
読んでいると作者はこの部分が書きたかったんだなってわかる時がある。
『春は馬車に乗って』の春を撒き撒き~とか、『人間失格』の恥の多い~とか。
これもその一つ。別にわかっても良いんだよ。面白ければ。
プロレタリア文学の看板がなければ、エログロ小説で終わりそうだけど、『セメント樽の中の手紙』のように、ただそれだけではない美しさを感じるのはなぜだろう。
事には至らないけど、瀕死の状態でも生きて行くために体を売る女と、そんな女を成り行きで買いに来た主人公。主人公の若さと偽善とそれに気付くところは嫌じゃない。
どうにも変えられない現実ってのはどこにでもあるんだね。
「僕は君の頼みはどんなことでも為よう。君の今一番して欲しいことは何だい」と私は訊いた。 「私の頼みたいことわね。このままそうっとしといて呉れることだけよ。その他のことは何にも欲しくはないの」 悲劇の主人公は、私の予想を裏切った。
これは映像化できないな。トラウマものよ。というくらい攻撃力のある話でした。
でも私は美しさを感じてしまったのよ。
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